吉宗の歴史は、世は幕末 動乱の頃 始まります。
伊予松山藩士だった 創業者 吉田宗吉信武は故郷、伊予松山を離れ肥前の国・長崎をめざします。
その地で出会った「茶碗蒸し」の虜になってしまった宗吉は、大小を捨て、商いで身を立てる決心をします。時は慶応2年(1866年)、大政奉還の2年前だったと伝えられています。
すっかり茶碗蒸しに魅せられてしまった宗吉は、この茶碗蒸しを商品化しうまく売り出す方法はないかと頭をひねります。
現在 総本店のある長崎市万屋町は、当時魚問屋などがあり、大いに賑わっておりました。そこを行き交う人達のために、茶碗蒸しともう一品「何か」ないか、そこで着目したのが「蒸ずし」でした。
比較的簡単でしかも美味しい。そして、何より茶碗蒸しを作るのに使う食材を無駄なく用い、しかも出汁の旨みがたっぷり効いた茶碗蒸しとの相性も抜群、まさに似合いの「夫婦蒸し」その誕生の瞬間でした。
この「夫婦蒸し」は、評判が評判を呼び、吉宗の看板料理として代々 受け継がれていきます。
初代宗吉が心血を注いだ創業の地には、二代大造、三代宗次の手による吉宗総本店がその歴史を今に伝えています。
戦時中、統制下における材料不足のため休業を余儀なくされましたが、四代順彦は家業再開へ向け、三代宗次の良き補佐役として、獅子奮迅の活躍をしました。
有限会社吉宗の設立、出前部門の開設、東京店出店など大いに事業を拡大し、吉宗「中興の祖」と言われています。
その後、五代久子 六代徹と吉宗の歴史は連綿と受け継がれています。